大阪地方裁判所 平成10年(ワ)4318号 判決 1999年3月26日
原告
三宅祥雅
右訴訟代理人弁護士
永嶋靖久
同
戸谷茂樹
被告
禁野産業株式会社
右代表者代表取締役
寿賀和秀
右訴訟代理人弁護士
得本嘉三
同
桜井健雄
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
一 原告が被告に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
二 被告は、原告に対し、平成一〇年四月以降毎月末日限り二五万円を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告の所有する賃貸ビルの管理業務に従事していた原告が、被告に解雇されたが右解雇は解雇権を濫用するもので無効であるとして、被告に対し、労働契約上の地位の確認及び未払賃金の支払を求めたのに対し、被告が、原被告間の法律関係は雇用契約ではなく準委任契約であり、また、仮に雇用契約であるとしても、解雇には相当な理由があるとしてこれを争っている事案である。
一 当事者間に争いのない事実
1 被告は、貸しビル業を営む株式会社であり、肩書地に禁野総合ビル(以下「本件ビル」という)を所有し、一、二階を家電販売店、スナック、消費者金融業などの店舗、事務所として、三階以上を住宅として賃貸している。被告の所有するビルは本件ビルだけであり、被告は、本件ビルの管理運営以外に事業は行っていない。なお、同ビルの三階三〇六号室に被告事務所が、三〇五号室に被告代表者寿賀和秀(以下「寿賀」という)の居宅がある。
2 原告は、平成八年五月一三日、当時被告の株主総会決議の効力を巡り訴訟が係属していた被告及び被告代表者の前妻寿賀信枝(以下「信枝」という)双方の代理人弁護士の依頼に基づき、本件ビルの管理業務に従事するようになり、右弁護士らと原告との間に「ビル管理の準委任契約書」が作成された(原告は、右契約の性質を雇用契約であると主張する)。そして、原告は、右訴訟が終結した平成九年三月ころからは、被告との契約関係(以下「本件契約」という)に基づき、継承して本件ビルの管理業務に従事した(右契約関係が雇用契約であるのか準委任契約であるのかは争いがある)。また、原告は、同年四月二七日被告の取締役に就任した。
3 被告は、平成一〇年二月二三日、原告に対し、本件契約を同年三月末日限り終了させる旨の意思表示をした(これが解雇の意思表示であるのか、契約の更新拒絶の意思表示であるのかは争いがある)。
二 争点
本件の争点は、<1>本件契約が雇用契約(労働契約)であるか否か、<2>仮に雇用契約(労働契約)であるとした場合、被告がした本件契約を終了させる旨の意思表示(以下、「本件解雇」ということがある)が有効であるか否か、の二点であり、これらに関する当事者の主張は以下のとおりである。
1 本件契約が雇用契約(労働契約)であるか否か
(一) 原告
本件契約が労働契約であるか準委任契約であるかは、契約書の名称ではなく、契約の実態に基づいて判断すべきであるところ、原告は、被告によって出退勤時間を定められ、労働者であることが明らかな清掃業務従事者吉田アキエ(以下「吉田」という)とともに出勤簿による出退勤の管理を受け、日常業務は被告代表者の指揮命令のもとに行われ、給与所得の源泉徴収もされていたのであり、原被告間には使用従属関係が認められることは明らかであって、本件契約の性質は労働契約である。
(二) 被告
原告は、当初被告の代理人であった得本嘉三弁護士(以下「得本弁護士」という)及び信枝の代理人であった平山忠弁護士(以下「平山弁護士」という)双方の依頼を受け、同人らと準委任契約を締結して本件ビルの管理に従事するようになったのであり、本件契約も、右準委任契約を引き継いだものであるから、その性質は労働契約ではない。このことは、原告が、被告との関係では、当時被告が抱えていた訴訟において、法律顧問的立場で主導的な役割を果していたことからも明らかである。
2 本件解雇の効力
(一) 被告
仮に本件契約が労働契約であるとしても、被告が本件解雇に及んだのは以下の理由によるものであり、本件解雇には相当な理由がある。
(1) 管理人としての適格性の欠如
被告は、本件ビルを唯一の収入源としているうえに、信枝との間に微妙な紛争を抱えていたのであり、入居者とのトラブルは絶対に避けなければならない状況にあった。また、被告は、寿賀を含め従業員わずか四名の会社であり、従業員間の信頼関係が業務遂行上不可欠である。しかるに、原告は、平成九年三月一八日に被告との間で契約関係に入って以来わずか一一か月の間に、以下に述べるような業務遂行上の問題を次々と引き起こしたのであって、原告が管理人としての適格性を欠くことは明らかである。
ア 平成九年六月一六日
原告から、「同月一四日に原告の自宅へ信枝がやくざを連れて現れ、私を裏切っている禁野産業をやめろ」と恐喝されたので、枚方警察へ行って来たとの報告があった。
イ 同年九月五日ころ
原告は、入居者に対し配布した消防訓練の案内ビラに、対象者として「まだまだ命の惜しい人、子供だけは助けたい人」と記載したところ、これについて入居者の富永正一(以下「富永」という)から抗議があった。この点について寿賀が注意すると、原告は、「おちゃらけで書いた」と返答し、全く反省の色を見せなかった。
ウ 同月一〇日ないし一二日ころ
原告は、このころ行われた火災報知器の取替作業に立ち会った際、四〇三号室の玄関ドアを開け放したまま放置し、さらに部屋の中にあった財布の中を見るなどした。これらの行為について寿賀が注意しても何ら反省しなかった。
エ 同月一九日
原告は、消防署による火災報知器の点検が行われた際、入居者の了解を得ないで勝手に部屋に入り込んだ。また、入居者が留守であったために立会人がいた部屋にも勝手に入り込み、入居者の私物を使用して肩たたきをし、これを立ち会っていた者が注意しても平然とそのまま利用し続けた。原告のこれらの行為については、入居者から抗議の手紙が寄せられたため、寿賀が注意したが、原告は、「消防署員といえども信用できないので管理人として中に入るのが当然である」と聞き直り、反省しなかった。
オ 同月三〇日
原告は、各戸に配布した防火責任者を選出するための資料において、入居者の岡本美佐子(以下「岡本」という)の家庭を「母子家庭」と記載したほか、他の入居者の各家庭につき「昼間夫婦不在」「夜遅く帰宅」などとそのプライバシーを暴くような記載をし、被告は、富永及び岡本から強い抗議を受けた。
寿賀が原告に対し注意したところ、原告は、「母子家庭」は社会で通常使用している言葉であり、また記載内容は事実なので自分には非はないとして逆に寿賀に食ってかかり、岡本、富永にも一切謝罪しなかった。
カ 同年一〇月六日、九日
原告は、岡本の息子に金銭を渡して仕事を手伝わせていたところ、このことにつき岡本から抗議があり、寿賀が注意しても岡本に対し謝罪しなかった。
キ 同年一二月二一日ないし二六日
寿賀が帰省していた右期間中、本件ビルに入居しているカラオケ喫茶「セレッソ」(以下、単に「セレッソ」という)の騒音を巡り警察を呼ぶ騒ぎが発生したが、原告は、泊まり込んで管理業務をする義務があるにもかかわらず、これに全く対応しなかった。
寿賀が事情を聞くと、原告は、「知らなかった」と言うだけでまったく責任を感じる様子がなかった。
ク 平成一〇年二月
同月一二日、二階給湯室で水漏れがあったが、原告は、管理人として階下の上新電機に謝罪に行くべきであるにもかかわらず、自ら謝罪に行こうとしなかった。また、水漏れの原因については、原告が直前に湯沸器の修理をしていたことから、原告の関与が強く疑われたところ、原告は、自分が疑われていると知ると、吉田を呼びだしてその話をテープに録音しようとし、さらに、その後も寿賀が話し合おうとしても、話し合いの席にテープや六法を持ち込み、「僕には責任はない。原因は不明である」と突っ張り、一切反省の色を見せなかった。
(2) 経歴詐称
原告は、従前河北新聞に記者として勤務していたが、当時寿賀のもとに取材に来て同人と口論となったことがあった。原告は、本件契約締結当時右事実を否定していたが、平成一〇年二月一八日、被告が河北新聞に確認したところ、当時寿賀と口論した記者が原告であったことが判明した。これは、当事者間の信頼関係を破壊する経歴詐称である。
(二) 原告
(1) 被告が主張する業務上の問題点について
ア 平成九年六月一六日の件
何ら業務遂行にかかわるものではなく、解雇理由となり得ない。
イ 同年九月五日ころの件
原告がかかる記載をしたことには相当な理由があるし、仮に不相当な点があったとしても、解雇の理由になるほどのものではない。
ウ 同月一〇月ないし一二日ころの件
原告が四〇三号室の玄関ドアを開け放したまま放置した事実はない。また、同部屋の入居者は長期入院中であったところ、原告は、財布の中身を確認した上で入居者に手渡したのであって、何ら問題とされる行動ではない。
エ 同月一九日の件
原告が、入居者が立ち会っているにもかかわらず勝手に入室した事実はないし、入居者の私物を利用して肩たたきをしたこともない。
オ 同月三〇日の件
当該配布物への記載は、適切な防火責任者の選出のため必要であると考えて行ったものであるが、配慮が足りなかったことについては反省している。
カ 同年一〇月六日、九日の件
原告は、寿賀の指示には従ったし、当事者本人も原告に対し悪感情を持っておらず、何ら問題とされるべきものではない。
キ 同年一二月二一日ないし二六日の件
原告は、泊まり込んで管理業務に従事していたが、カラオケの騒音については認識しておらず、そのことにつき原告に落ち度はない。
ク 平成一〇年二月の件
原告は、水漏れの件では上新電機に謝罪に行った。また、原告が水漏れの原因を作ったものではないし、後日の紛争を防止するため、対話者の了解を得て会話を録音することが問題とされるべき理由はない。
ケ 経歴詐称について
原告は、河北新聞に勤めていたことを履歴書に記載しており、何ら経歴を詐称したことはない。また、原告が河北新聞の記者当時寿賀と口論した事実はない。
(2) 解雇権の濫用
被告が本件解雇の理由として主張する問題は、右のとおり、かかる事実がないか、あるいは事実が認められるとしても到底解雇理由とはなり得ないものである。そして、被告が本件解雇に及んだ真の理由は、原告を信枝のスパイであると邪推した寿賀及び取締役の秋田和子(以下「秋田」という)が、原告を放遂しようとしたことにあり、本件解雇は解雇権を濫用するもので無効である。
第三争点に対する当裁判所の判断
一 争点1について
ある契約関係が労働契約であるか否かは、当該契約の形式のみによって決するのではなく、使用従属関係のもとで労務を提供し、その対価として賃金を受ける関係にあるか否かという実質によって判断すべきである。
この観点から本件を見ると、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告によって出勤時間と退勤時間を定められ、出勤簿によって出退勤の管理を受けていたこと、被告から給与の支給を受け、給与所得の源泉徴収もされていたこと、原告は、業務日誌の作成を義務づけられ、毎日業務内容を被告に報告していたこと、寿賀は、原告に対し、管理業務に関し頻繁に指示、指導又は注意を与えていたことが認められるのであって、かかる事実関係の下では、原告は、被告との使用従属関係のもとで労務を提供し、その対価として賃金の支払を受けていたというべきである。確かに、原告は、被告の取締役に就任しており、証拠(略)によれば、原告が被告の取締役となったのは、原告が被告と信枝の間の紛争に関し、実質的に法律顧問として活動することができるようにするためであったこと、実際にも、原告は、被告において法律的な指導、助言の役割を担っていたことが認められるのであり、原告は、被告の取締役としてその経営にかかわる事項にも一定の関与をしていたというべきであるが、少なくとも管理業務に関する限りは、前記のとおり使用従属関係のもとで労務を提供していたといわざるを得ない。したがって、原告が、本件ビルの管理業務を開始する際に、平山弁護士及び得本弁護士との間で準委任契約書を作成していたとしても、本件契約の性質は労働契約であって、右契約関係を終了させる意思表示は解雇の意思表示であり、そこには解雇権濫用法理の適用があるというべきである。
二 争点2について
1 証拠(略)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。原告本人のうち、以下の認定に反する部分は、他の証拠に照らし採用できない。
(一) 原告は、平成九年九月五日、入居者に対し、「消防訓練のお知らせ」と題する書面を作成して配布したところ、その中で、訓練の対象者として「まだまだ命の惜しい人、子供だけは助けたい人」との記載をしたことについて、富永から被告に対し苦情が寄せられた。
寿賀が原告に対し注意すると、原告は、「ふざけて書いた」と答え、反省する様子を見せなかった。
(二) 原告は、同月一一日ころ、長期不在であった四〇三号室において行われた火災報知器の取替作業に立ち会ったが、その後玄関ドアを開け放したまま放置した。また、原告は、その際部屋の中に放置してあった財布を発見し、その中を見たところ現金が入っていたため、後日これを入院中の入居者に対し届けた。
この件の報告を受けた寿賀は、財布の中身まで見るべきでないと原告に注意した。
(三) 原告は、同月一九日ころ、本件ビルにおいて消防署による火災報知器の点検作業が行われた際、三〇二号室において、同室の入居者である岡本が立ち会っていたにもかかわらず、無断で同室に入り、点検作業に立ち会った。また、原告は、三〇四号室において、同室の入居者である富永が不在であったため岡本が立ち会って点検作業が行われていたにもかかわらず、無断で同室に入り、居間の椅子に腰掛けて食卓の上にあった肩たたきを手に取って使用するなどした。岡本が、原告に対し、「勝手に人の家の物を使うなんておかしい。常識がない」と注意したが、原告は、意に介さずに肩たたきを継続した。
その後、被告に対し、岡本から原告の右行動を非難する手紙が寄せられたが、その中には、「留守にしているときにマスターキーを使い、家の中に入られているんじゃないかと不安が積もります」「このまま今の態度を改めない管理人であれば転居も考えています」との記載があった。
寿賀は、この件につき、原告に対し富永に謝罪するよう指示したが、原告は、管理人が立ち会うのは当然だとして謝罪しなかった。
(四) 原告は、同月下旬ころ、「3階防火責任者選出参考資料」と題する文書を各戸に配布したが、その文書の中で、各戸の家族構成、勤務地を記載したのを始め、岡本宅については「母子3人のいわゆる母子家庭」との説明を、富永宅については「昼間は夫婦ともに不在、夜遅く帰宅」との説明を付していた。
これについて、後日、富永から、「身上調査をみんなに教えているのと同じことです。もし盗難にあったとき誰が責任を負うのですか」との趣旨の強い抗議が被告に対してあり、岡本からも、「プライバシーの侵害である。(母子家庭と書かれたことについて)悔しくて夜も眠れなかった」との趣旨の抗議が被告に寄せられた。
そこで、寿賀は原告に注意し、岡本らに対し謝罪するよう指示したが、原告は、翌日市役所のパンフレットを持参し、「母子家庭という言葉は市役所でも使用されている」等と主張して、自己の非を認めず、謝罪にも行かなかった。
(五) 原告は、同年四月ころ、岡本の息子に粗大ゴミの処理を手伝わせ、駄賃として金銭を渡したことがあったが、同年一〇月ころにも「粗大ゴミ第二水曜日、七日夕方出して下さい」「お金あげます」と記載したメモを岡本宅のポストに入れたため、岡本から、被告に対し、原告が息子に管理人の仕事をさせているとの趣旨の抗議があった。岡本が被告に交付した抗議文には、「(原告は)自分の仕事を居住者にお金でさせるような人です。注意してください」との記載があった。
寿賀は、原告に対し、岡本に謝罪するよう指示したが、原告は謝罪しなかった。
(六) 同年一二月二三日深夜、セレッソの騒音がうるさいとして、岡本及び富永が警察に通報し、警察官が事情を聞きに来ることがあったが、原告は、当日管理人室に泊まっていたにもかかわらず、右のような騒ぎには全く気付かなかった。このことにつき、後日岡本から被告に対し、何のための管理人か分からないとの趣旨の抗議が寄せられた。
(七) 原告は、平成一〇年二月一〇日、本件ビル二階給湯室の湯沸器の取り付け作業を行ったが、同月一二日、吉田が給湯室で大量の水漏れが生じているのを見つけ、床をモップで拭いて応急処置を講じたうえ、出勤してきた秋田及び原告に水漏れが発生していることを伝えた。秋田は、原告に対し、すぐに上新電機に謝罪に行くよう頼んだが、原告は、湯沸器の修理に取りかかって謝罪に行かず、同日午後、上新電機の者が事務所を訪れてから初めて同社を訪ねた。
原告は、水漏れが自分の取付工事が原因ではないことを証明しようとして、秋田や寿賀に立会を求めて給湯室で水漏れの実験を行うなどしたが、水漏れの原因を特定するには至らなかった。しかしながら、原告は、水漏れが吉田のいたずらによるものである可能性が高いと判断し、同月一三日、吉田を呼び、同人を前に座らせてテープレコーダを置き、質問を始めたため、吉田は驚いてその場を去った。その後も、原告、秋田、寿賀の三名において再び給湯室の水漏れ状況を確認したが、原告は、ぽたぽたと水が落ちる程度であれば、床まで流れることはあり得ないとして、水漏れの原因は原告の湯沸器取り付け作業ではなく、誰かのいたずらであると頑強に主張した。
寿賀は、原告に対し水漏れの原因を究明するよう指示する一方で、一切非を認めない原告のかたくなな態度に接し、原告に対する不信感を募らせるようになり、同月二二日、本件契約を終了させるか否かを討議する取締役会を開催した。寿賀は、原告が水漏れ事故について謝罪すれば本件契約を継続させても構わないと考えていたことから、右席上、原告に対し水漏れ事故について謝罪を求めたが、原告は、六法を机に置き、テープレコーダで会議の内容を録音しながら、水漏れについて原告に責任はないことを繰り返し述べ、謝罪を拒否した。そのため、当初は原告の謝罪があれば本件契約を継続させようという雰囲気であった取締役会は険悪な雰囲気となり、その後原告が退席したうえで原告の処遇を協議した結果、本件契約を終了させるのもやむを得ないとの結論となった。
以上のような経緯で、被告は、翌二三日、原告に対し、同年三月末日限り本件契約を終了させる旨の意思表示をした。
2 以上の事実を前提に本件解雇の効力について検討する。
(一) 以上の事実によれば、原告は、管理業務を遂行する過程において、入居者である岡本及び富永から再三苦情を申し立てられていることが認められる。そして、前記認定にかかる原告の行為のうち、特に、岡本や富永の居宅に無断で入室し、富永宅で入居者の私物を勝手に使用するなどした行為は、管理人としての権限を明らかに逸脱し、入居者のプライバシーに対する配慮を欠く不適切な行為であるというほかはないし、また、防火責任者選出の参考資料の記載は、本来入居者のプライバシーを守るべき立場にある管理人が、軽率にも入居者のプライバシーを公表するような記載をしただけでなく、母子家庭との用語を用いることによって岡本の心情を傷つけたもので、管理人としては著しく適切さを欠く行為であったといわざるを得ない。
また、本件解雇の直接の契機となった水漏れ事故に関しては、水漏れの原因がどこにあるにせよ(本件の証拠による限り、原告の湯沸器取付作業が原因であると考えるのが自然であるが、その点は措くこととする)、管理人としては、階下のテナントに損害が生じていないかどうかまず確認し、謝罪すべきであるのに、これをせず、ただ水漏れの責任から逃れることだけに執着し、吉田ら他の被告の従業員とも衝突を引き起こしているのであり、右のような原告の一連の行動は、管理人としての責任感の欠如を示すものといわざるを得ないほか、他の従業員との協調を乱すものである。
(二) 管理人には、管理業務を遂行する過程において入居者との間でトラブルを引き起こさないように務める義務があることはいうまでもなく、特に入居者のプライバシーに対する配慮が強く求められるというべきである。したがって、前記のように、入居者のプライバシーをないがしろにする行為を行い、これによって入居者から強く非難されたにもかかわらず、謝罪することもなく、かえって自己弁護に努めるが如き態度に出ている原告は、管理人としての適格性を欠くと評価されてもやむを得ないというべきである。
また、管理人は、自らの管理権限の及ぶ範囲内において水漏れ事故が発生したような場合には、その原因を追求することはもちろんであるが、これによってテナントに損害が発生していないかどうかをまず調査し謝罪すべきであるのに、原告は、上新電機の水漏れ状況を調査し、謝罪するよりもまず水漏れについての責任逃れに執着しているのであって、かかる原告の態度も、管理人としての適格性を疑わせるものである。そして、前記認定の原告のその他の行為についても、それらの行為自体も適切さを欠くものである(ただし、管理業務との関連性が全く明らかでない平成九年六月一六日の件〔第二の二2(一)(1)ア〕を除く)が、そのことをひとまず措くとしても、少なくとも、原告の行為が入居者から苦情を招いたものについては、管理人として入居者に謝罪するなどして信頼関係の回復に努めるべきであるのに、そのようなことを一切していない点は、やはり原告の管理人としての適格性を疑わせるものである。
このように、原告は、管理人としての適格性を欠くと評価されてもやむを得ない言動を半年足らずの間に繰り返し、そのことにより注意を受けたにもかかわらずその非を認めず、全く反省の態度を見せていないことに加え、被告は、本件ビルの賃貸のみを事業目的とする会社であって、管理人の適格性は被告の事業運営に直ちに深刻な影響を及ぼすこと、原被告間の労働契約がもっぱら管理人としての業務に限定されたものであって、原告を他の職種に配置する余地はないこと、被告の構成員は寿賀、秋田、原告及び吉田の四名にすぎず、原告が水漏れ事故への対応を巡り他の従業員間と紛争を引き起こしていることは、被告の事業運営に重大な支障をきたすと考えられることをあわせ考慮すれば、本件解雇には客観的に相当な理由があるというべきである。
なお、被告が経歴詐称と主張する事実については、原告が河北新聞に勤務していたこと自体を詐称していた訳ではなく、経歴詐称といえるかどうか疑問であるし、原告が故意に被告に対する取材の事実を隠して被告に雇用されたことを認めるに足りる証拠もないので、これを解雇の理由とすることはできないというべきである。
(三) これに対し、原告は、本件解雇の真の理由は、被告が原告を信枝のスパイであると邪推したことにあると主張する。確かに、証拠(略)によれば、原告は、平成八年五月一三日ころ、得本弁護士及び平山弁護士双方からの依頼を受け、本件ビルの管理業務を行うようになったが、その際、寿賀は、原告がかつて信枝側の立場で取材に来て口論となった河北新聞の記者ではないかとの疑念を抱き、平山弁護士に確認したところ、人違いであるとの回答を得たため、原告を管理人とすることに同意した経緯があったこと、寿賀は、水漏れ事故及びこれに対する原告の対応をみて、再度、原告が右の河北新聞の記者ではないかとの疑念を持つようになり、平成一〇年二月一八日ころ、同社の社長に確認したところ、原告がかつて寿賀と口論となった河北新聞の記者であったとの確信を抱くようになったこと、寿賀及び秋田は、これにより、原告が信枝側の人物であって、そのような者に本件ビルの管理を任せることはできないと考えるようになったことが認められるのであり、かかる事情に照らせば、被告が本件解雇に及ぶに当たっては、寿賀や秋田が原告を信枝のスパイであると考えるようになったことも大きく影響していたことが推認される。このことは、秋田が記載した業務日誌の記載(書証略)からも窺えるところである。
しかしながら、前記のとおり、寿賀は、本件解雇について討議した取締役会においては、原告が水漏れ事故の件について謝罪しさえすれば、本件契約を継続させようと考えていたのであり、右取締役会がそのような雰囲気で進められたことは原告本人も自認するところであって、かかる経緯に照らせば、本件解雇の決定的な動機は、水漏れ事故を巡る原告のかたくなな態度にあったというべきであり、本件解雇が、寿賀らにおいて原告を信枝のスパイであると思い込んだことを決定的理由としてされたものであるとはいえない。そして、普通解雇の効力を判断するに当たっては、その直接の動機となった事情のみならず、解雇当時存在したすべての事情を総合して判断することが許されるというべきであるから、前記のとおり客観的に解雇理由が存在する本件にあっては、本件解雇が社会通念上著しく相当性を欠くもので、解雇権を濫用するものであるとはいえない。
三 結論
以上の次第で、原告の請求はいずれも理由がないから、棄却することとする。
(裁判官 谷口安史)